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このページは私(逍遥)が日々考えていることや、世の中に対して思うことなどを掲載しています。
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★2004.08.30 up date★
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キャスターやコメンテーターやコメディアンまでが合唱するのはなぜなんでしょうね?個性やオリジナリティが売り物ではないでしょうか?然るに政治・経済・社会・教育・青少年問題になると、これ奇妙なことに声が揃うのはどうしてなんでしょうね?政治面でいずれの国も野党といえば、一般に耳さわりの良い話し、まぁ後出しジャンケン専門で自ずから問題提起せず、結果論であぁでもないこうでもないさえずるのです。青少年問題にいたっては、自らの国家の総理総裁を呼び捨てにし、主義主張が違うからといって全否定・乱闘・審議拒否を繰り返していながら、果たして青少年問題を論ずるに値するとでも思っているのでしょうか?? |
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最近プロ野球の球団が合併との話題に、プロ野球は文化だとか、やれ青少年の夢を砕くとか・・これまた賛成の声を圧倒していますが、果たして? |
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おもに報道や教育の場において声だかに叫ばれる言葉なのですが、まず報道による言論の自由とはその報道自体をリベラルな立場の人が原稿をつくりリベラルな思考・社会性をもってその発言記事を報道するということであって、もともと偏った思想社会性をもった人によって作られた記事発言を言論の自由というものではないはずです。それは公共性があるからなのです。偏った思想や社会性の人が公共性のない、サークルや自己或いは所属するグループや団体が自費で発表するなり叫ぶのは自由ではなく勝手だということでいいのではないでしょうか? |
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フリ−のジャ−ナリストという言葉がつい最近流行り言葉のようにしきりと叫ばれていましたね。自己責任という言葉もね。なんでしょうか? 彼らの行動言動をいかにも正義?であり報道の責任だと。またそれらはいかにも正義感からの行動言動かのような論評、解説を普段凡そ社会や政治と縁もゆかりも無い、また社会とは分離したゾーンで行動している芸能人?(果たして芸があるのかどうか?)までもが便乗してまるでバラエティにしてしまって、事を人を茶化してしまっていることは果たして如何なものか・・・ 崇高な意思と責任感によって行動している人も中にはあるとは思いたいのですが、現実は売名・一発屋・トップ屋・スキャンダル狙い・やらせ・買収等の己が利益行動の何物でもないようです。 悲劇を報道することだけがフリーのジャーナリストの責務なのでしょうか?しかもその真偽は定かではないものをね。 先ほどイラクで捕虜になった二人などは、行方不明になったとき友人がカメラに向かって思わず“おいしいことしよった”“こんなチャンスを狙っとったんや”とまさか報道されるとは思っていなかったつぶやきだったのでしよう。仲間が口走ってしまったことです。事実彼らは帰国するや否や講演会・報道写真会(?)とローカルにまでかけづり回っていますよね。勿論利益活動でてすね。旅費・滞在費・食事つきで公演料とギャラを取っての行為なのです。これらを勢いつけて後援し援助しているのは偏った思想政党というのは此れ如何。ただただ政局にせんと利用しているだけではないか? |
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